「ど近眼のマッキーさん 犬ちがい」


 ある朝、めを覚ますと、わたしの身体にはふさふさとこげ茶色の毛が生えていた。
鼻先が長く伸びていた。そして鼻が黒々とぬれて輝いていた。
 目はデカかった。目を細めるのに苦労した。耳もうふんわりと両ほほに下がっていた。

 わたしはミニダックスになってしまっていた。
わたしがミニダックスになってしまったのならば、名前はこれしかない。

 そう、マッキーさんである。

 しかし、ミニダックスになってもど近眼は治っていなかった。

 あわてても仕方が無いので、バスに乗って仕事へ出かけた。


 さて、源氏物語のなかでも相手をまちがえる話が出てくる。
空蝉(うつせみ)である。空蝉は、衣一枚残して、ほかのひとと入れ替わってしまう。仕方もなく、光源氏は空蝉でないそのひとと過ごすのであった。

 ど近眼のマッキーさんにもそんないぬ間違いの経験がよくある。


ある朝、職場でいつものように、挨拶を交わす。

「おはようございます」

誰だろう、向こうから来るのは。

ソーラさんかな。ドキッ。

緊張する。。

「あら、マッキーさん、おはよう」

 なんだ、べてらんアスカさんだったのか。
服も髪型も少し変えたのだ。

 また誰かとすれ違う。

「おはようございます」

 今度は、ソーラさんだった。ドキドキ。

 なんか、髪型を変えたら、こともあろうに、ソーラさんとアスカさんが、少しはなれてしまうと、区別がつかなくなってきたぞ。


 すれ違う度に予断を許さなくなってきた。

 ドキ。
はー なんだ べてらんアスカさんだー。

 ドキ。
はー また べてらんアスカさんだー。

 ドキ。
はー またまた べてらんアスカさんだったー。


 「マッキーさん、何か相談でもあるの?でも年のさもあるし、ちょっとそれはねー。でも…」

 なんか、ちょっと違うんだよなー。
べてらんアスカさんには、ドキっとしない。

 なんでこうなるかな。

 誤解なんだよなー。ひと間違い。
じゃなくて、いぬ間違い。


 でも、なんか、アスカさんには悪いことしちゃったかなー。
ごめんなさい。

 いらぬ心配をするマッキーさんであった。
でもほんとにいらぬ心配ならいいけれど…


 ハートのエース抜きゲームをしている。
カードをひけるチャンスは、次は一周したあと。

 情報は少ない。
池に投げた、小石のさざ波の音を聞き分けて、心を研ぎ澄ませすべてを知らねばならない。

 でも、そのハートのエースが、ホントにハートのエースかもわからない。

 マッキーさんは、ハートのジャックが引きたい。

 「なんだ、ハートのエースだよ」
ポイっと。

 「あら、マッキーさん、なんてことするの」

 アスカさんはぶったまげる。

 「でも、ハートのジャックじゃないから」

自分にとってのハートのエースでなければならない。


 また逆の場合もあるかも知れない。
声かけて、話し掛けるのが礼儀でさえあるときに、
きっとマッキーさんは、無視して平気なのである。

 単に気づかなかったというだけで…。

 あるいは、あれはソーラさんかもしれないけれど、どうもちがうようでもある。
ということで。

 もしかすると、そのことで、あるいは他のミニダックスをがっかりさせているかもしれない。

 と、またまた、いらぬ心配ををするマッキーさんであった。
でもほんとに要らぬ心配だろうか…。

 コミュニケーションの中では相手が理解がないと、無視されたととられる場合だってある。

 「へっ、なんだ、お呼びじゃないわけね!」と。

 きっとちゃんとわかっていたら、
マッキーさんはしっぽを大きく振って。

「おーい、こんちわ。」っと、

大きな声であいさつできるのにね。


             (おしまい)

     しきりや